「貴婦人の乗馬」の難易度レベルと演奏のコツ
「貴婦人の乗馬」は、言わずと知れたブルグミュラー25の練習曲の最後の曲。
イメージの湧きやすい題名と曲想、軽快なメロディライン、終盤に向かって盛り上がる華やかさなどからピアノ発表会の定番曲となっています。
「貴婦人の乗馬」は「エリーゼのために」ほど難しくはないけれど、ピアノを習う子どもたちにとってはひとつの目標になり得る曲といえます。
みんなが知っている曲なだけに、もし発表会で弾くことになれば注目されること請け合い。
この記事を読んで、ぜひ参考にしてみて下さい。
カッコよく弾くためのコツが満載です。
目次
「貴婦人の乗馬」の難易度レベル
「貴婦人の乗馬」は、日本では今や作曲家ブルグミュラーのアイコン。
25の練習曲集の最後を飾り、ピアノ学習の初級レベルの終わりを意味する象徴的な曲です。
この曲を演奏するにあたって要求される要素・技術は以下の通りです。
・和音の歯切れ良いスタッカート
・オクターブを超える左手の跳躍
・三連符と、「8分音符と8分休符」、「8分音符+16分休符+16分音符」を弾き分けるリズム感
・速いパッセージをよどみなくなめらかに弾くテクニック
・細かく指定されたスラーや強弱記号、発想標語の表現
さすがにブルグミュラー25練習曲集の「まとめ」、総合的な練習曲だけあってそこそこ難しいといえます。
エチュードではかるなら「ピアノの練習ABC」が終わった後、チェルニー30番の序盤あたりが適当です。
ソナチネアルバム1の最初に学ぶことの多い、クレメンティOp.36-1(7番)よりは難しく、Op.36-3(9番)よりは易しいといえましょう。
ただ、ほとんどダンパーペダルを踏まずに弾けるので、小学校低学年の小柄なお子さんでも取り組みやすいです。
発表会などのために時間をかけて練習するなら、「チェルニー30番」に入っていなくても挑戦できるでしょう。
「貴婦人の乗馬」の意味
この曲の原題は”La chevaleresque”(ラ・シュバルレスク)。フランス語です。
ヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルグミュラー氏は1806年生まれのドイツ人。
シューマンとほぼ同年代の人です。
20代以降はパリを中心に活躍したので題名にフランス語を用いたのだと思われます。
さてこのchevaleresqueですが、”cheval”は馬のことであり、”chevaleresque”となると「騎士のような」、「義侠的(ぎきょうてき)な」という意味になります。
「騎士を思わせる人物が馬に乗っているような」という形容詞です。
「?どこが貴婦人やねん!」と思われますよね。
ミソなのが、女性名詞を表す”la”です。
これにより、この言葉は「馬に乗る、騎士のような雰囲気をまとった女性(単数)」となります。
この曲における貴婦人とは、単に身分の高い女性、また乗馬の巧みな女性というだけの意味ではありません。
「騎士」「騎士道」というのは、ヨーロッパにおいては特別な意味を持っています。
それは「忠誠」や「博愛」などの道徳観に基づいたものです。
つまり、この題名は「優雅さの中にも騎士にふさわしいほどの品格と精神性を備えた女性が、颯爽と馬を駆る様子」ととらえるとしっくりきます。
日本語にはなかなか表しにくいニュアンスを、「貴婦人の乗馬」とした最初の翻訳者の方の苦労が見て取れますね。
ぜひ「貴婦人」という言葉に込められた深い意味を感じながら弾いて頂ければと思います。
「貴婦人の乗馬」の弾き方のコツ
「貴婦人の乗馬」の始まり・最初の8小節の弾き方
曲の最初にAllegro marziale(アレグロ・マルツィアーレ)と指示があります。
marzialeは行進曲風に、との意味。
正確なテンポで勇壮に、慌てることなく威厳を持って弾きたいものです。
現在、多くの版では原典の♩=152ではなく♩=120〜126としているようで、確かにこのあたりが妥当な速さです。
繰り返される冒頭の8小節はまさに乗馬のイメージ。
馬のひづめの音を表現すべく硬い感じの音色が効果的。
ふわふわせず歯切れよく弾きましょう。
2小節目の装飾音符の「ミ」はできるだけ軽く、ほとんど1拍目頭の「レ」と同時に近いタイミングで入れると鋭さが増します。
この「ミ」が装飾音符に聞こえず「ミレッド♯レッシラ〜ソ〜」とやってしまう方が多いですが、それだけで重たい印象になってしまいます。
しっかりと休符を意識しましょう。
このパートで出てくるのは順番に8分休符、16分休符、4分休符です。
「音が鳴っていない瞬間」をご自分の耳で聴きとりながら弾き分けて下さい。
馬が急に不安定に?9〜12小節目の弾き方
急に不安定な響きの曲調になります。
三連符で、さらにクレッシェンドするので曲を知らない人はびっくりするかも。
その後短調で受け止め、同じ曲想がもう一度繰り返されます。
馬が急に不機嫌にでもなったのでしょうか(笑)。
強弱の幅が大きい方がより印象的になります。
テンポは崩さずに、等速のままこの不安定さを乗り切りましょう。
曲はすぐに冒頭のペースを取り戻します。
やわらかさ・しなやかさを表現したい中間部・17〜24小節目の弾き方
ここからはまた雰囲気が変わります。
ハ長調からフラット系のヘ長調に転調することで、女性らしい優雅さ、たおやかさといったイメージが示されます。
デリケートに、繊細に、の指示通り、粒の揃った音でベルベットのような手触りの衣装の様子などが表現できたら素敵です。
左手の4分音符の連打音、4分休符の次の「ドドド」は、なるべく目立たせずに、しかも確実に弾けると良いと思います。
ありがちなのが「ドッドッド〜」とスタッカートになったり4白目にアクセントが付いたりすること。
このパートだけは「乗馬」を意識しないくらいの気持ちで、なめらかに、風とともに駆けるような爽やかさをもって演奏して下さい。
終盤に向かう33〜39小節目の弾き方(難)
一度pになったのち、急速にクレッシェンドしてfの35小節目に至ります。
ここも強弱の幅があった方がアピールできます。
続く37、38小節目は33、34小節目のバリエーション(変奏)部分です。
が、難しいのは右手が休符を含む三連符になっていること。
経験上、この部分が一番苦労する場所です。
右手がきちんと三連符を刻むことができず、ツルッツルッと滑るのをよく耳にします。
また、人によっては急にゆっくりになってみたり、三連符ではない別のリズムになってみたり。
この部分だけを取り出して部分練習することをオススメします。
できればコロコロと、硬いものが床を転がるような音色が欲しいところ。
メトロノームをゆっくりのテンポに設定し、片手ずつ、あるいは両手で、やや強めの音で何度も練習してみて下さい。
一週間ほどで効果が見えてくるでしょう。
「疾走する女性騎士」のイメージ・40〜46小節目の弾き方
曲中一番の聴かせどころ。
ハ長調によるシンプルなスケールは、この曲を発表会などで割り当てられたお子さんにとってはお得意の部分では。
音は低くなっていきますが音量は増えていきますので、自然と迫力の出るパートです。
威厳をもって堂々と締めくくって下さい。
なお44小節目の和音は8分音符にスタッカート、45小節目は4分音符にスタッカートです。
ニュアンスの違いを意識して弾き分けると演奏効果が上がります。
細かい注意に感じるかもしれませんが、こういった部分をおろそかにしないことで全体の印象は良くなるものです。
「貴婦人の乗馬」に限らず、全ての曲においての演奏のコツです。
最後のドミソドの和音にはフェルマータがついていますが、この音は長く伸ばしすぎずにエイヤっと勢いよく手を離すと潔さが出ると思います。
ただ、フェルマータの長さについては先生によって解釈に違いがあるかもしれません。
いずれにしても、華麗に、カッコよく決めたいものですね。
「貴婦人の乗馬」難易度レベルと演奏のコツ・まとめ
まとめてみましょう。
・「貴婦人の乗馬」はブルグミュラー25の練習曲集の最後の曲で、総合的な練習曲
・難易度レベルは初級の終わりごろ、ソナチネの序盤程度
・和音のスタッカート、左手の跳躍、リズム感、細かいスケールなどを滑らかに弾くテクニック、強弱やアーティキュレーションを意識した表現力が必要
・タイトルの「貴婦人の乗馬」は意訳。本来の意味は「馬に乗った、騎士のような品格と高潔さを備えた女性」
・「乗馬」をイメージさせる硬質の音色で、テンポを変えずに活きいきと演奏する
・ヘ長調の中間部は優雅さと滑らかさが必要
・33小節目以降はやや難
・音価に注意しつつ威厳をもって締めくくると良い
私事ですが、「貴婦人の乗馬」は私、福耳にとっても思い出深い曲です。
小学校一年生の、人生最初の発表会で弾いたのがこの曲でした。
当時まだバイエルの後半程度を練習していたので、かな〜り苦労したのを子供心に覚えています。
演奏の出来栄えはともかく、なんとか大きなミスなく乗り切って心の底からホッとしたものでした。
当時は「お姫様の乗馬」などと説明を受けておりまして、なんとなくきれいな女の人がドレスを着て馬に乗っているイメージだったのですが、作曲家の意図は別のところにあったのですね。
この作品は主人公のイメージが湧きやすく、マンガやアニメのキャラクターに置き換えたりして想像しても楽しいです。
個人的には「ベルサイユのばら」のオスカルが近いかなあ、などと思っております。
演奏する人それぞれに自分の「貴婦人」像を思い描けるのもこの曲の良いところ。
ぜひ、凛々しく、潔く、素敵な女性を思い浮かべながら演奏してみて下さい。
健闘を祈ります!
ピアノ学習者のあこがれ、「エリーゼのために」の難易度と練習のコツについても解説しています↓