音楽的にピアノを弾くためのシンプルな法則|〜2つの処方箋〜
昔々。
あるピアノの先生が私に言いました。
「耳子ちゃんのピアノには音楽性がないのよね〜」
またある日、別のピアノの先生も言いました。
「耳子ちゃんのピアノには心がこもっていない。まるでロボットみたい」
またさらに別のある日、別の先生にこうキレられました。
「んも〜、なんでそんなに機械的なの?音楽性のカケラもないのよね!」
‥‥ツライ記憶でございます。(涙)
どんだけ才能がないんだという話ですが、それでも私はピアノの先生をやっています。
『音楽的な才能がないのにピアノの先生やってるの?ヤバくない?』
‥という疑問がわいてきますよね。当然です。
でも、そんな私だからこそ、必死で「音楽性」について考えました。
そして、一つの結論に達したのです。
「音楽性」は才能じゃない。
誰にでも身につけられる技術だ、と。
今回は、その「誰にでも身につけられる技術としての音楽性」についてのお話です。
目次
「あなたのピアノは音楽じゃないわ。ただの指の運動よ。」
私は5歳からピアノを始めましたが、ほどなく先生から上記のようなご注意をひんぱんに受けるようになりました。
今と違って、昔のピアノの先生方には遠慮というものがありません。
そりゃもう、言われ放題でした。
「指は動くけれど、心がこもっていない。ただ弾いているだけ。平板で音楽的じゃないからつまらない」etc.
小学生だった頃の私は、父の転勤の都合で何度も引越しをして、その都度ピアノの先生が変わるのが常でした。
そして、どの先生も判で押したように「機械的〜」「心ガ〜」「音楽性ガ〜」とのご注意ばかりされていたので、私の演奏はよほど平坦で退屈なものだったのでしょう。
だからといって、どの先生からも「音楽的な演奏」にするための具体的な方策を授かった記憶はありません。
「それじゃダメ。もっと心を込めて〜」
「もっと歌って〜」
「それじゃハノン(指の練習用の教本)だわ。ちゃんとモーツァルトにしてちょうだい」
‥どうせいっちゅーんじゃ!(怒)
とはもちろん言えませんので、ただ黙ってレッスンを受け、無表情なピアノを弾き、黙って帰る。
先生は頭を抱えてため息をつく。
そんな毎日でした。
ただ、そんな日々の中、一つだけ心に誓ったことがありました。それは、
いつかピアノを教える立場になったら、自分の生徒には決して
「あなたのピアノには音楽性がない」とは、口が裂けても言うまい。
自分の生徒のピアノに「音楽性がない」のなら、それを改善するのが教師の役目のはず。
間違っても、
「歌って〜、歌わせて〜、あら歌えないのね、ロボットみたい」などとは言わない教師になろう。
そう思ったのです。
処方箋その① まずは楽譜に書いてあることをすべてやってみよう
月日は流れ、今の私はピアノ教師を仕事にしています。
あの頃誓ったように、平板な演奏をする子にも決して「音楽性がない」などとは言いません。
今、間違いなく言えることは、無表情な演奏をする生徒さんには音楽の才能がない、などはあり得ないということです。
ただ、性格的にシャイだったり、表現の仕方がわからないだけなのです。
彼らの演奏を音楽的にするのが私の仕事です。
そして、彼らを含め、この記事を読んで下さっているあなたが、もしも「音楽性」のことで悩んでいるのなら、まずは、
「楽譜に書いてあることを全てやってみる」ことをお勧めします。
楽譜に書いてあることとは、
- フォルテ(f)、フォルティッシモ(ff)やピアノ(p)、クレッシェンド(cresc.・だんだんと強く弾く)などの強弱記号
- スラー、スタッカート、テヌートなどの奏法に関するアーティキュレーション
- モデラート(Moderato・中くらいの速さで)、アレグロ(Allegro・速く)などの速度標語
- アパッショナート(appassionato・熱情的に)、カンタービレ(cantabile・歌うように)などの発想標語
などが主なものです。
例をあげましょう。
上はショパンのワルツOp.64,No.2の冒頭部分です。
たったこれだけの中にも、多くの記号やスラーが書き込まれていますよね。
これらを全て、音ととして表してみて下さい。
例えば、最初はメッゾフォルテ(mf)。1小節目から2小節目にかけて、だんだん弱く弾くよう指示があります。
また、3、4小節目には小さなクレッシェンドが見えます。
5〜6小節目、7、8小節目も同じです。
トップにはTempo giusto.の文字が。
「正確なテンポ(速さ)で」という意味です。
この曲はついテンポを揺らして(速くしたり遅くしたりして)弾きたくなるものですが、
ショパン様は「テンポをあんまり動かさないでね」とおっしゃっているわけです。
さらに、細かく指定された小さなスラー群が見えますね。
これらを全部守って弾いてみて下さい。
アラ不思議、急に演奏が音楽的になった気がしませんか?^ ^
は?面倒くさい?
それはそうでしょう。でも音楽的な演奏のためです。頑張りましょう。(^○^)
とかく、平坦な演奏になりがちな方は、こういった細かい指示に注意が行き届いていない印象を持っています。
まずは、楽譜に示された指示を忠実に守って演奏する。
あまりにも当たり前すぎる話で申し訳ないのですが、クラシックピアノではまずはここからなんです。
ここまで複雑な楽譜でなくとも、例えばブルグミュラーでもツェルニーの練習曲であっても同じです。
私だけでなく、多くのピアノの先生が「楽譜をよく見ましょう」とおっしゃっているはずです。
「大切なことは全て楽譜に書いてある」
このことを、ぜひ思い出しながら練習して頂ければと思います。
処方箋その② 意外な盲点・ピアノを弾くときの手首・関節の使い方
さて、ここから先は、
「‥‥そんなもん当たり前じゃないですか。楽譜の指示なんてとっくに全部守って弾いてます。でも何か音楽的じゃないって言われちゃうんです」
とのご感想をお持ちのあなたへ。
「関節を使って弾いていらっしゃいますか?」
一体何を言い出すのだと感じた皆様に向かって、これから先の部分を書いて参ります。
ピアノは確かに指で弾くものです。
でも、当然ながら指は手の一部であり、手は手首の関節に、手首は腕に、さらに肘関節へとつながっています。
重いピアノの、88枚の鍵盤を操るには、指の動きだけでは不可能です。
肩から先の、上肢部分の関節を柔軟にして、打鍵と離鍵(りけん・指が鍵盤から離れること)をコントロールする必要があるのです。
この部分はピアノ演奏のキモですのでいずれ詳しく書いていきたいと考えていますが、
本記事では手っ取り早く「音楽的な演奏」にするための秘策をお届けします。
それは、
「フレーズ(音のつながり)の終わりの離鍵の際は、指よりも手首から先に鍵盤から離れるようにしましょう。」
これだけです。
もう少しわかりやすく説明します。
ピアノは打楽器ですので、音を出すためには、鍵盤を叩く(打鍵する)必要があります。
5月1日更新記事「ピアノを弾く時の姿勢・ピアノは打楽器です」参照↓
が、それで終わりではありません。
ピアノは、叩いた鍵盤から指を離すことで音が消えます。
これが離鍵です。
ピアノの音は鍵盤を押さえていても減衰して消えていきますので、音が鳴っている間に指を鍵盤から離すことで音の長さをコントロールするのです。
そして、離鍵の時に、手首から先に鍵盤から離れるように、ちょうど「うらめしや〜」という幽霊のような手の形になるように脱力しながら手を上げてみて下さい。
これを、特にスラーの終わりに意識して行ってみて下さい。
そうすることで、鍵盤から指が離れる時の音の響きをコントロールすることができます。
わずかな音の名残りを意識して弾くだけで、一つ一つのフレーズの終わりの音の響きに柔らかさが生まれます。
試しに実験してみましょう。
音を出した後、手首を硬くしたまま指を離すと、プツリと切れたような響きになります。
いわゆる「脱力」ができていないからでして、こちらの記事に詳しいです。↓
カタカナで無理やり書きますと「ドーー」ブツ、みたいな感じです。
そして同じ音を、離健の時に手首を使って幽霊の手の形になるように離すと、ほんのわずかに
「ドーー〜」のように聞こえるはずです。
残響音に似ていますが少し違います。
あくまでもピアノの音そのものが、手首をコントロールすることでわずかに残るのです。
それを意識してご自分の耳で聴くことで、ひとつひとつの音とフレーズに細やかなニュアンスが生まれます。
耳をすませて、よ〜く聴いてみて下さい。
最初は違いがわからなくてもそのうち聴き分けられるようになります。
なお、電子ピアノですとわかりにくいかもしれません。
アコースティックピアノでもアップライト(縦型)よりグランドピアノがわかりやすいです。
もちろん、このやり方に合わない曲はあります。
そもそもテンポの速い曲では難しいですし、慣れないうちはなかなか手首のコントロールが難しいと思います。
それでも、たったこれだけのコツで急に音が柔らかく聞こえるのなら試してみない手はありません。
手首を柔軟に使うことで演奏時の見た目も良くなりますよ。
最近はYouTubeでたくさんの方が思い思いにご自分の演奏をアップしています。
みなさんお上手で感心するのですが、時々気になるのは手首が固く、音がプツプツ切れ切れな感じに弾く方が多いことです。
指はものすごく良く動くので、もう少し手首などの関節を使えば響きが柔らかくなって、さらに魅力的な演奏になるのにな〜と感じさせられる方が何人もいらっしゃいます。
いかがでしょうか。
運よく?この記事をお読みくださったあなたは、これからしばらくの間は「どうやって音楽性をつければいいのか」と悩む必要はありません。
何しろ、気をつけること、やることはたくさんあります。
でも、ある程度弾けるようになってきた方にとってはやりがいのある練習なのではないでしょうか。
「音楽性のある演奏」「音楽的な演奏」‥。
とても難しいテーマです。
それでもこの記事が、かつての私のように音楽性について悩んでいるピアノ学習者の皆さんに少しでもお役に立てたなら、こんな嬉しいことはありません。
お読み頂いてありがとうございます。
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(この記事は2019年11月の記事に加筆・修正を加えたものです)